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日本初の近代競馬場名(元根岸競馬場)を持つ根岸ステークス

Negishi stakes
根岸ステークスのレース名の由来は、江戸時代の末期から1942年まで開設されていた根岸競馬場(横浜競馬場)にちなんで名付けられました。 根岸競馬場は日本で最初に開設された近代競馬場で、現在は根岸森林公園に(競馬場の一等馬見所が保存されています。)なっています。 根岸ステークスの年表 1987年東京競馬場のダート1400mで3歳以上の重賞レースとして創設される。1990年混合レースになり、外国産馬が出走可能になる。1994年レース名を【東京中日スポーツ杯根岸ステークス】に変更される。1996年地方競馬所属馬も5頭まで出走可能になる。1998年GⅢに格付けされる。2001年地方競馬所属馬も4頭までに縮小される。2003年中山競馬場1200mで開催される。2005年外国調教馬が4頭まで出走可能になる。2007年外国調教馬が8頭までに拡大される。2014年優勝馬にフェブラリーステークスの優先出走権が与えられる。2016年根岸競馬場開設150周年の副称がつけられて開催される。 根岸ステークスの賞金 根岸ステークスの賞金は下記になっています。 1着 3800万円 2着 1500万円 3着 950万円 4着 570万円 5着 380万円 根岸ステークスの歴代優勝馬 回数施行日場距離優勝馬性齢タイム優勝騎手調教師第1回1987年11月8日東京1400mグレースシラオキ牝301:23.4蛯沢誠治清水美波第2回1988年11月6日東京1400mウィニングスマイル牡501:24.4田村正光矢野照正第3回1989年11月5日東京1400mダイナレター牡501:23.8杉浦宏昭二本柳俊夫第4回1990年11月3日東京1200mエーコートランス牡601:10.0大崎昭一安田伊佐夫第5回1991年11月2日東京1200mトモエリージェント牡301:11.0根本康広橋本輝雄第6回1992年11月7日東京1200mハッピィーギネス牡601:10.0柴田善臣西塚安夫第7回1993年11月6日東京1200mプロストライン牡401:12.3岡部幸雄松山康久第8回1994年11月5日東京1200mフジノマッケンオー牡301:10.9岡部幸雄中村好夫第9回1995年11月4日東京1200mヤングエブロス牝301:10.9橋本広喜柳田次男第10回1996年11月2日東京1200mストーンステッパー牡301:10.6熊沢重文目野哲也第11回1997年11月9日東京1200mワシントンカラー牡301:11.2柴田善臣松山康久第12回1998年11月15日東京1200mワシントンカラー牡401:10.5柴田善臣松山康久第13回1999年11月14日東京1200mセレクトグリーン牡401:09.2田中勝春音無秀孝第14回2000年11月12日東京1200mブロードアピール牝601:10.1武幸四郎松田国英第15回2001年1月29日東京1400mノボトゥルー牡501:22.1O.ペリエ森秀行第16回2002年1月26日東京1400mサウスヴィグラス牡601:22.8柴田善臣高橋祥泰第17回2003年2月1日中山1200mサウスヴィグラス牡701:10.4柴田善臣高橋祥泰第18回2004年1月31日東京1400mシャドウスケイプ牡501:24.0江田照男森秀行第19回2005年1月29日東京1400mメイショウボーラー牡401:23.0福永祐一白井寿昭第20回2006年1月29日東京1400mリミットレスビッド牡401:23.7内田博幸加用正第21回2007年1月28日東京1400mビッググラス牡601:23.5村田一誠中尾秀正第22回2008年2月4日東京1400mワイルドワンダー牡601:22.7岩田康誠久保田貴士第23回2009年2月1日東京1400mフェラーリピサ牡501:22.1岩田康誠白井寿昭第24回2010年1月31日東京1400mグロリアスノア牡401:23.7小林慎一郎矢作芳人第25回2011年1月30日東京1400mセイクリムズン牡501:23.0幸英明服部利之第26回2012年1月29日東京1400mシルクフォーチュン牡601:23.5藤岡康太藤沢則雄第27回2013年1月27日東京1400mメイショウマシュウ牡501:23.7藤岡佑介沖芳夫第28回2014年2月2日東京1400mゴールスキー牡701:23.4F.ベリー池江泰寿第29回2015年2月1日東京1400mエアハリファ牡601:23.4三浦皇成角居勝彦第30回2016年1月31日東京1400mモーニン牡401:22.0戸崎圭太石坂正第31回2017年1月29日東京1400mカフジテイク牡501:23.0福永祐一湯窪幸雄第32回2018年1月28日東京1400mノンコノユメ騙601:21.5内田博幸加藤征弘第33回2019年1月27日東京1400mコパノキッキング騙401:23.5O.マーフィー村山明第34回2020年2月2日東京1400mモズアスコット牡601:22.7C.ルメール矢作芳人
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天皇賞・エンペラーズカップの歴史|春・秋の過去レースを紹介

天皇賞は年に2回開催されます。春は京都競馬場で秋は東京競馬場で行われます。 天皇賞のルーツをたどると、1905年に横浜競馬場で創設されたエンペラーズカップまでさかのぼることができます。 このレースが誕生した背景には外交問題が強く影響している。 エンペラーズカップはのちに【帝室御賞典】の名称で定着し、明治末期から1937年まで日本各地で年に10回行われていた。 エンペラーズカップ創設まで 明治政府の重要な外交問題は不平等条約の改正でした。 条約改正交渉を円滑に進めたい明治政府は、鹿鳴館に象徴されるような西洋文化を積極的に取り入れた。 競馬もその一つでした。 政府や明治天皇は、明治初期から西洋式の競馬を行うなど、競馬場は重要な政治の舞台でした。 中でも横浜競馬場は、幕末以来、外国人が設立・運営し競馬会の会頭も歴代のイギリス公使が務めていた。 明治天皇は条約改正を実現するために、政治家を伴い頻繁に横浜競馬場へ赴かれた。 明治30年代になるとイギリスとの条約改正を皮切りに、不平等条約の改正が実現した。 イギリスとの間には日英同盟も結ばれた。 こうしたイギリスとの外交交渉で大きな役割を担ったのが、イギリス公使のクロード・マクドナルドです。 マクドナルドは当初公使であったが、1905年に全権大使へ昇任した。 マクドナルドと個人的な信頼関係を結んでいた明治天皇は昇任にあたり、マクドナルドへ【菊花御紋付銀製花盛器】を贈呈した。 当時、マクドナルドは横浜競馬場の会頭も兼任しており、明治天皇から贈られた盃を賞品として、1905年5月6日にエンペラーズカップを創設した。 以来、横浜競馬場では毎年このレースに明治天皇から賞品が下賜されるようになった。 これがのちに日本語で【帝室御賞典】などと訳されるとうになりJRAでは【天皇賞】の前身としている。 帝室御賞典の拡大と統一 明治天皇は1899年まで盛んに競馬場へ巡行されたが、同年に条約改正が実現すると、以降は競馬場へ巡行されなくなり、代わりに皇族や親王を名代として派遣されるようになった。 明治天皇から賞品を下賜されて行う帝室御賞典はすぐに全国の競馬場へ広がった。 横浜・東京・阪神へも年2回の下賜が認められ、馬産地の福島・札幌・函館・小倉へも年1回の下賜が認められた。 昭和に入り戦時体制化が進むと、各地の競馬倶楽部は1936年日本競馬会に統合された。 日本競馬会は1937年各地で年10回開催してた帝室御賞典を春に阪神競馬場(旧、鳴尾競馬場)、秋に東京競馬場で年2回行われることになった。 年2回に改められてから初の競走は1937年秋に東京競馬場で行われた帝室御賞典でJRAはこのレースを天皇賞の第1回としています。 終戦後に天皇賞の名称へ 競馬は1946年秋に再開された。 帝室御賞典は1947年春から再開を決め、日本競馬会は皇室へ賞品の下賜を打診したがこの時点でGHQによる皇室への処分がきまっていなかったため下賜は時期尚早として見送られた。 日本競馬会は競走名を【平和賞】に変更して施行した。 1947年秋に予定していた【第2回平和賞】の前日に皇室から賞品の下賜が再開されることになり、名称を【天皇賞】に改めて施行された。 その後、天皇賞の施行主体も日本競馬会から国営競馬を経て1954年から日本中央競馬会が引き継いだ。 天皇賞(秋)歴代優勝馬 回数施行日競馬場距離優勝馬性齢タイム優勝騎手管理調教師第1回1937年12月3日東京芝2600mハツピーマイト牡32:48 1/5新井朋次郎秋山辰治第3回1938年11月3日東京芝3200mヒサトモ牝43:35 2/5中島時一第5回1939年11月3日東京芝3200mテツモン牡43:24 4/5保田隆芳尾形景造第7回1940年11月17日東京芝3200mロツキーモアー牡43:27 1/5小西喜蔵田中和一郎第9回1941年11月2日東京芝3200mエステイツ牡43:24 3/5田中康三尾形景造第11回1942年11月1日東京芝3200mニパトア牝43:34 4/5新屋幸吉清水茂次第13回1943年11月7日東京芝3200mクリヒカリ牡43:26 3/5小西喜蔵田中和一郎第16回1947年10月17日東京芝3200mトヨウメ牡43:44 2/5小林善衛鈴木信太郎第18回1948年11月23日東京芝3200mカツフジ牡53:30 0/5近藤武夫伊藤勝吉第20回1949年11月3日東京芝3200mニユーフオード牡43:25 1/5保田隆芳小川佐助第22回1950年11月3日東京芝3200mヤシマドオター牝43:28 0/5保田隆芳尾形藤吉第24回1951年11月11日東京芝3200mハタカゼ牡43:24 0/5保田隆芳尾形藤吉第26回1952年11月16日東京芝3200mトラツクオー牡43:24 4/5小林稔久保田金造第28回1953年11月15日東京芝3200mクインナルビー牝43:23
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桜花賞の歴史|過去80回のレース、競争条件、賞金を紹介

keiba oukasyou
桜花賞の歴史 1939年 四歳牝馬限定の競走【馬事国防献金競走中山四歳牝馬特別】を創設。中山競馬場・芝1800Mで施行。 1944年 【能力検定競走】として、東京競馬場・芝1800Mで施行。 1945年 太平洋戦争の影響で中止。 1947年 名称を【櫻花賞】に変更、京都競馬場芝外回り1600Mに変更。 1950年 阪神競馬場芝1600Mに変更、これ以降阪神競馬場での施行が定着。 1957年 名称を【桜花賞】に変更。 1984年 グレード制導入、G1に格付け。 2001年 馬齢表記を国際基準へ変更したことにより出走条件を3歳牝馬に変更。 2004年 外国産馬が出走可能になる。 2010年 国際競争に指定され、外国調教馬・外国産馬が合わせて最大9頭まで出走可能となる。 2020年 新型コロナウイルス感染拡大防止のため無観客レースを実施。 桜花賞の歴代優勝馬 回数施行日競馬場距離優勝馬性齢タイム優勝騎手管理調教師馬主第1回1939年4月9日中山1800mソールレデイ牝32:02 4/5石毛彦次郎田村仁三郎豊島美王麿第2回1940年4月7日中山1800mタイレイ牝31:56 4/5保田隆芳尾形景造和田孝一郎第3回1941年4月20日中山1800mブランドソール牝31:54 2/5阿部正太郎田中和一郎加藤雄策第4回1942年5月3日中山1800mバンナーゴール牝31:55 4/5宮沢今朝太郎秋山辰治白岩浅次郎第5回1943年5月9日中山1800mミスセフト牝31:55 1/5佐藤勇伊藤勝吉小西松太郎第6回1944年6月4日東京1800mヤマイワイ牝31:55 0/5前田長吉尾形景造山口勝蔵第7回1947年5月4日京都1600mブラウニー牝31:42 2/5武田文吾武輔彦仙石襄第8回1948年5月9日京都1600m浜風牝31:41 1/5松本実増本勇相部藤次郎第9回1949年5月1日京都1600mヤシマドオター牝31:40 3/5八木沢勝美尾形藤吉小林庄平第10回1950年5月3日阪神1600mトサミツル牝31:40 2/5境勝太郎星川泉士斉藤健二郎第11回1951年4月22日阪神1600mツキカワ牝31:39 1/5清田十一伊藤勝吉仁木清七第12回1952年4月13日阪神1600mスウヰイスー牝31:38 3/5保田隆芳松山吉三郎高峰三枝子第13回1953年4月19日阪神1600mカンセイ牝31:39 4/5森安弘明尾形藤吉川端佳夫第14回1954年4月30日阪神1600mヤマイチ牝31:40